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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)603号 判決

控訴人 東京光学機械株式会社

右代表者代表取締役 木村琢磨

右訴訟代理人弁護士 雨宮定直

同 田中美登里

右補佐人弁理士 大塚文昭

同 村社厚夫

被控訴人 株式会社シグマ

右代表者代表取締役 山木道広

右訴訟代理人弁護士 羽柴隆

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し金四〇七七万四九二〇円及びこれに対する昭和五〇年一一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  2の項についての仮執行の宣言

二  被控訴人

主文第一項と同旨の判決

第二当事者の主張及び証拠関係

次のとおり削除、訂正、附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人の主張)

1  原判決六丁表末行ないし同丁裏一行目の記載のうち、「及び四記載」と「『交換レンズ四』」を削除する。

2  原判決一四丁表一行目冒頭の「交換レンズ四」を削除し、一五丁裏末二行を削除する。

3  原判決一八丁表三行目の「交換レンズ四」及び(一)の記載(同丁表八行目ないし同丁裏末行までの部分)を削除する。

4  原判決一九丁表一行目の「(二)」を「(一)」と改め、九行目の「交換レンズ四」を「別紙目録四の交換レンズ」と、末行の「右(一)の場合と同じ」を「次のような」と改める。

5  原判決一九丁裏末行「(三)」を「(二)」と改め、二〇丁表三行目及び六行目の「交換レンズ四」をそれぞれ「別紙目録四の交換レンズ」と改める。

6  原判決二〇丁裏五行目「六不法行為に基づく損害賠償請求及び不当利得返還請求」の主張(二〇丁裏六行ないし二二丁表末行を以下のとおり訂正する。

「1 不法行為に基づく損害賠償請求

(一) 被控訴人は、被告製品(交換レンズ一、交換レンズ用アダプター二の1、2、コンバージョンレンズ三、アダプター五、コンパージョンレンズ六)が、本件発明の技術的範囲に属する本件ミノルタカメラ(別紙七)又は本件キャノンカメラ(別紙八)の生産にのみ使用する物であることを知り、又は過失によってこれを知らないで、被告製品を前記三のとおり製造販売し、もって、控訴人の有する本件特許権(又はいわゆる仮保護の権利)を侵害した。そこで、右侵害行為により控訴人の被った損害を賠償すべき義務があるところ、控訴人は、特許法第一〇二条第二項の規定により本件発明の実施に対し通常受けるべき実施料相当額を自己が受けた損害額としてその賠償を請求する。

(二) 被控訴人の行為及びそれによる損害額は、次のとおりである。

被控訴人は、昭和四二年九月以降、別紙目録二の1及び五記載の交換レンズ用アダプター(「アダプター二の1」、「アダプター五」)並びに別紙目録三及び六記載のコンバージョンレンズ(「コンバージョンレンズ三」、「コンバージョンレンズ六」)を、昭和四五年九月以降、別紙目録一記載の交換レンズ(「交換レンズ一」)を、昭和四九年以降別紙目録二の2記載のアダプター(「アダプター二の2」)を製造販売し、昭和五〇年一〇月までの間に、総計一〇億一九三七万三〇〇〇円の売上げを得たが、本件発明の実施に対し、通常受けるべき実施料は、売上高の四パーセントをもって相当とするから、実施料相当額は合計四〇七七万四九二〇円となる。

(三) 仮に右製造販売期間及び売上高の主張が認められないとしても、被控訴人は、少なくとも左記のとおり製造販売し、総計七億九九二七万九〇〇〇円の売上を得た。

(1) 交換レンズ一

期間 昭和五〇年三月一日から同年一〇月三一日まで

個数 七五四個

売上高 九、六〇五、〇〇〇円

(2)アダプター二の1

期間 昭和四七年八月一日から昭和五〇年四月三〇日まで

個数 一九五四八個

売上高 三一六、七三四、〇〇〇円

(3) アダプター二の2

期間 昭和五〇年五月一日から同年一〇月三一日まで

個数 三八七九個

売上高 七六、九九九、〇〇〇円

(4) コンバージョンレンズ三

期間 昭和四五年一〇月一日から昭和五〇年一〇月三一日まで

個数 九三四三個

売上高 三四、四六三、〇〇〇円

(5) アダプター五

期間 昭和四七年一月一日から昭和五〇年一月三一日まで

個数 二二、三八一個

売上高 三三九、一七七、〇〇〇円

(6) コンバージョンレンズ六

期間 昭和四七年一月一日から昭和四九年九月三〇日まで

個数 六一一七個

売上高 二二、三〇一、〇〇〇円

そこで、前記と同様の根拠で、控訴人は、少なくとも右売上高総計の四パーセントに当る合計三一九七万一〇〇〇円の賠償を請求するものである。

2 不当利得返還請求

被控訴人は、前記被告製品の製造販売行為により、法律上の原因なくして前項記載の損害額と同額を利得し、これによって控訴人に損失を及ぼしたから、その返還を求める。

よって、控訴人は、被控訴人に対し、主位的に不法行為に基づく損害賠償請求として、予備的に不当利得返還請求として、四〇七七万四七二〇円(少なくとも三一九七万一〇〇〇円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五〇年一一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

7  原判決一一七丁表二行目の「可変低抗値」を「可変抵抗値」と訂正する。

8  原判決一三四丁表三行目ないし四行目の「交換レンズ四」を削除する。

9  原判決一三五丁表八行目の「及び四」を削除する。

10  間接侵害の成立について

(一) 交換レンズ一、アダプター二の1、2及びコンバージョンレンズ三は、本件ミノルタカメラ以外の機構のカメラ、すなわち、SR―一型、NEWSR―一型、SR―一S型、SR―七型、NEWSR―七型、SR―M型及びP、H又はWファインダー装備のX―一型のカメラ本体に装着することができ、これらのカメラとして、その有するそれぞれの方式で撮影することが可能である。また、アダプター五及びコンバージョン六は、本件キャノンカメラ以外の型のカメラ、すなわち、FP型、FX型、ペリックス型、ペリックスQL型、FTQL型、FT型、F―一型(サーボEEファインダー又はブースターTファインダー装備)及びEF型のカメラ本体に装着することができ、これらのカメラとして、その有するそれぞれの方式で撮影することが可能である(もっとも、サーボEEファインダー装備のF―一型及びEF型の場合は、キャノンのFDレンズと異なり、むしろFLレンズと同じように機能する。)。

原判決は、右の点をとらえて、被告製品は、本件発明に係るカメラの構成を有しないカメラのカメラ本体に装着されて使用される用途を有することが明らかであり、かかる用途は、社会通念上経済的、商業的ないしは実用的なものと認められるから、被告製品は、本件発明に係るカメラの生産に「のみ」使用する物ということはできず、特許法第一〇一条第一号の規定の適用はないとした。

しかしながら、本件において、右のような事実から、ただちに他の用途があると認め、それが商業的、経済的ないし実用的であると結論することは妥当ではない。

(二) 間接侵害における「物の生産にのみ使用する物」、すなわち、他の用途がないという要件を考えるについて、従来判例や学説等は、「他の用途」を商業的、経済的にも実用性ある用途として社会通念上適用し承認されうるものとしてきたが、この場合「使用する物」(間接侵害物)がそのままの形で全面的に他の用途を果しうること(例えば、洗濯ばさみをそのまま紙ばさみに使う如く)が前提となっていた。これを本件に即していえば、プリセット絞レバー(又は連結レバー、連結桿)も含め全体として、その構成が機能するような場合について、他の用途の有無が検討されてきた。換言すれば、交換レンズ等のプリセット絞レバー(又は連結レバー、連結桿)が、生産された物(交換レンズを装着されたカメラ)において、技術的価値を付与するような、すなわち、当該プリセット絞レバー(又は連結レバー、連結桿)もその本来有する機能を果すような場合を前提としていた。

ところが、本件の被告製品について原判決が他の用途があるといっているのは、右のような通常の場合とは異なる。

本件では、間接侵害とされる製品の構成の一部が遊んでしまうような使用法は、「物の用途」といえるかが問われているのであるが、このような観点からの検討は、従来されていないところである。この点、控訴人は、被告製品の特性とその使用法等に着目したうえ、対象物の各機構の重要性を検討し、もっとも重要と認められる機構をまったく使用しない場合まで、「物の用途」とみるのは、妥当でないと考える。

被控訴人は、従来の判決例の中にも、対象物をそのままの形で全面的に他の用途に使ってはおらず、一部が遊んでいる場合に、その用途を間接侵害の成立を否定すべき他の用途として認めているものがあるとして、東京高等裁判所の判決例を引用するが、右の判決例は、従来の判決例と同じように、対象物が全体として他の用途を有するという場合にあたり、本件で問題としている対象たる装置の一部が使用されない使い方の参考になるものではない。

(三) 別紙七記載のものと実質的に同一のカメラ以外の型のミノルタカメラ、すなわち、SR―一型、SR―七型、SR―M型、あるいはX―一型(P・H・Wファインダー装備)等のカメラ及び別紙八記載のものと同一のカメラ以外のキャノンカメラ、すなわち、FX型、FP型、ペリックス型、FT型、F―一型(サーボEEファインダー、ブースターTファインダー装備)あるいはEF型等のカメラは、本件発明にかかるTTL開放測光方式ではない。そこで、交換レンズ側の開放F値を基準とした予定絞情報をカメラ本体側の露光計に伝えてその結果を制御する必要はないし、当然それを目的とするような本体側の機構を有しない。そこで、このような型のカメラ本体に、交換レンズ一、アダプター二の1、2、(交換レンズ鏡筒に取付けたもの)、コンバージョンレンズ三及びアダプター五(交換レンズ鏡筒に取付けたもの)、コンバージョンレンズ六を装着したとき、そのプリセット絞レバー(又は連結レバー、連結桿)は、これに対応する本体側の機構を欠くために、使用されることなくなんの機能も果さない。もっとも、キャノンのFDレンズは、F―一型、EF型のカメラのカメラ本体に装着すると、交換レンズ側のプリセット絞レバー(又は連結桿)は、カメラ本体側のプリセット絞信号レバー6a(別紙八)と係合して別途の機能を果している。しかし、これは、前記したようにFDレンズにはEEピンといわれる部材があり、これが右プリセット絞レバーと共働する結果であって、本件におけるキャノン用の被告製品とは相違している。被告製品は、かかるEEピンに相当するものを有しないので、そのプリセット絞レバー(又は連結桿)は遊んでしまい、まったくなんの機能も果さない。すなわち、本件における被告製品は、本件発明に係るカメラ以外のカメラ本体に装着されたときには、これら被告製品において技術的に重要な意義をもっていたプリセット絞レバー(又は連結レバー、連結桿)は、生産された当該カメラについていかなる技術的な価値を付加することもない。このように、物(本件では交換レンズ、アダプター、コンバージョンレンズ)がその一部あるいはその中の一つの機構をまったく使わない状態で、カメラ本体に装着されてある種のカメラを構成するときも他の用途があると解するのは適当ではない。特に、その使われない部分なり機構が技術的に重要な意味をもち、問題となっている特許発明において意味を有するものである場合、これを考慮に入れず特許法第一〇一条を考えることは、正しい態度ではない。対象物件を構成する全部分あるいは全機構(少なくとも対象特許発明を構成するものとして技術的に重要なもの)を使用し、そのすべてを機能せしめるようにしている場合をもって、特許法第一〇一条第一号にいう「物の生産に使用する」に該当するものと解すべきであり、対象物件がこのような形で「物の生産」に使われたとき、その対象物件の全部分もしくは全機構の「生産された物」のなかでの使われ方及びその果している機能が、問題となっている特許発明の構成要件とは異なる構成をもち、あるいは、それにより当該特許発明の場合とは異なる機能を果しているときにはじめて、他の用途があるものと解すべきである。この点は、原判決で判断しているような常に「使用されることなく遊んでしまいその機能を果さないというだけのことである。」と簡単に片付けられてよいものではない。

このようにして、対象物件が、全体としてそのまま当該特許発明に係る物の生産に使用する以外の用途を有するか否かを吟味した上で、他に用途があるとされたとき、次に、その用途が商業的、経済的ないし実用的なものであるか否かの検討が加えられるべきであるのに、原判決は、その第一の段階を飛び越して、結論を出しているのであって、特許法第一〇一条を正しく解釈し適用したものではない。

特許法第一〇一条は、これまでも論じてきたように、一方では、本来特許侵害を構成しないが特許侵害の結果を生ずる蓋然性の極めて高い行為を、侵害とみなすことにより、特許権の保護を強化する目的をもつとともに、他方、特許権者以外の者が、不当に拘束され、不利益を受けないよう配慮しようとする、特許権者とそれ以外の者との間の利益衡量を基礎とする調整規定である。したがって、間接侵害の問題を考えるときは、常にこの基本理念を考慮し、具体的な事実を検討することが必要である。かかる観点からみると、本件においては、間接侵害を認めないと、特許権者の利益は実質的な保護を受けられないこととなり、他方、間接侵害を認めても、被控訴人の利益が不当に害されるおそれはなく、特に他の用途に使用する物の製造販売を制約することは一切ないのである。

(四) 交換レンズ一、アダプター二の1、2、コンバージョンレンズ三、アダプター五、及びコンバージョンレンズ六は、ミノルタSRT―一〇一型、及びキャノンFTb型のような、本件発明の請求の範囲に属する機構のカメラが製造販売されなければ、決して存在しなかったものである。ミノルタカメラ株式会社自身としても、SRT―一〇一型カメラを製造したからこそ、その機能を発揮させるに必要なプリセット絞環8aの突起8b(別紙七)を有するMCロッコールレンズを製造販売したのであって、SRT―一〇一型カメラがないのに、MCロッコールレンズをこれと無関係に製造することはありえない。これは、被控訴人のような交換レンズメーカーにとっても事情は同じであって、ミノルタSRT―一〇一型や、キャノンFTb型のカメラと無関係に、被告製品を製造することは無意味であり、無駄なことである。第一、被控訴人がそのような交換レンズ類を着想することすらありえない。プリセット絞環8aの突起8b(別紙七)を有しない機構の従前のSR用レンズがあれば、SR―一型、SR―七型、SR―M型カメラのような機種にとって必要かつ十分なことである。このように、被告製品は、ミノルタSRT―一〇一型や、キャノンFTb型カメラの存在を前提としてのみ存在しえたということによっても、被告製品は、本件発明に係るレンズの生産にのみ使用する物と解することができる。この点は、SR―一型、SR―七型、あるいはSR―M型に装着された従前のSR用レンズについてみたとき、仮にSR―一型カメラだけがあった場合、反対にSR―七型、あるいはSR―M型カメラだけがあった場合のいずれでもかならずSR用レンズは存在することを要していた関係とは違うはずである。

原判決は、被告製品が、本件ミノルタカメラ又は本件キャノンカメラと機構の異なるカメラを構成すべくそのカメラ本体に装着して使用される用途は、社会通念上経済的、商業的ないしは実用的なものであると認めるに際し、被告製品の如き交換レンズ、アダプター、コンバージョンレンズの類は、各種のカメラ(本体)に装着して使用できることが特徴とされ、できるだけ多くの種類のカメラ(本体)に装着して使用できることを一つのセールスポイントとして販売されていると認めている。

しかしながら、果してこのようなことが被告製品の如き交換レンズ等の一つのセールスポイントといえるのであろうか。もともと、レンズ交換式カメラは、各種のレンズを、一つのカメラ本体に交換して装着することにより、いわゆる標準レンズといわれるなかでも開放値の異なる各種のレンズから、広角、望遠、魚眼レンズ(これらのなかにも、更に多数の種類が存在する。)等にいたる多種多様なレンズ群を駆使して、一台のカメラの撮影可能な領域を拡大し、また、多様な撮影効果を可能にしたところに特徴があり、存在意義がある。そこで、カメラ会社とすれば、レンズ交換式カメラの発売については、これに装着する交換レンズ群の多種多様なことを当該カメラ及びその交換レンズ群のセールスポイントにしているということができる。

この点は、交換レンズメーカーにとっても、基本的には同じである。ただ、交換レンズメーカーは、交換レンズを装着すべきカメラ本体をみずから製造販売していないから、もっぱらカメラメーカーのレンズ交換式カメラをあてにし、当該カメラのためのカメラメーカーの交換レンズ群に対応する交換レンズを製造せざるをえない。そこでカメラメーカーに対抗していくためには、いわばカメラメーカーの純正な交換レンズ群に比較して、レンズの性能、品質の優秀なこと、価格の低廉なこと、カメラメーカーの交換レンズ群にはない種類のレンズを加えてラインアップが豊富なこと等をまずセールスポイントにすることになる。

次に、カメラ本体と交換レンズを接合するマウント部分は、各カメラメーカーにより異なった構造を有していて、この間に互換性はない。したがって、交換レンズメーカーにとっては、各カメラメーカー毎に異なる構造のマウント部分を有する交換レンズや、コンバージョンレンズをそろえる必要がでてくる。そこで、交換レンズメーカーの製造の便宜から、マウント部分のように各カメラメーカーにより異なる部分と、レンズ鏡筒部分のように共通である部分をわけて製造し、これを適宜組合せて交換レンズを製造販売すること、あるいは販売業者にこれを別々に供給しておき、そこで適宜組合せて交換レンズを完成させて消費者の需要に応じる形態が生じた。また、消費者にとって、マウント部分を分離可能としたことは、A社のあるカメラのために求めた交換レンズメーカーの交換レンズを所有しているとき、カメラをB社のものと買い換えても、当該交換レンズのマウント部分をB社用のものと交換すれば、そのレンズをB社のカメラに転用することが可能なことを意味する。このようなことは、カメラメーカーの本来の交換レンズについては求められない特徴であり、これが交換レンズメーカーのセールスポイントの一つともなった。すなわち、乙第二八号証に示されている「YXオートマウント」と「YSオートマウント」がこの例である。これらのオートマウントさえあれば、カメラを交換したときも、マウントを交換するだけで、レンズはほとんどの三五ミリ一眼レフカメラに使用できるものである。

これに対して、ある特定のカメラメーカーの有する各種のカメラ(本体)に交換レンズ、アダプター、コンバージョンレンズの類が装着して使用できること、例えば、交換レンズ一が、ミノルタSRT―一〇一型のみならず、X―一型カメラにも装着できるということは、必らずしもセールスポイントになっているわけではない。原判決が引用している乙号証の記載等にはそのように認められるところはない。この点は、ミノルタの交換レンズであるMCロッコールレンズが、そうなっていたから、これをそっくり真似ただけのことである。そうして、ミノルタが、常にMCロッコールレンズをこの両機種のカメラに装着するように設計するとは限らない。それは、キャノンが、F―一型カメラと、FDレンズ群を発売した後においても、FT型等のために従来販売されていたFLレンズをなお併存して販売していた事実からみても、FT型にも装着できるFDレンズが出たから、当然FLレンズを販売する必要がなくなるわけではなく、自社の多くの種類のカメラ本体に装着できる交換レンズ群を一系列にしてしまうか、カメラの種類に応じて別個の系列の交換レンズ群を併存させるかは、カメラメーカーの技術的、経済的、その他様々な事情によってきまってくるのである。本件に関係するミノルタ、キャノン各社の交換レンズ及び被告製品についていえば、本件ミノルタカメラ又は本件キャノンカメラと異なる機構を有するカメラにも装着できる構成になってはいるが、少なくとも、その両者を一つの交換レンズに合体させるだけの技術的必然性はない。したがって、他の理由があればその機構をわけて、別々の系列の交換レンズにして販売することもある。

(五) 被控訴人は、間接侵害の成立についてわが国においてもいわゆる従属説がとられるべきである旨主張し、これに関して外国の法制に言及しているが、外国において直接侵害該当行為がなされる場合には間接侵害の成立が否定されている法制(欧州共同体特許条約、一九七七年の英国特許法、一九八一年施行の改正西独特許法)のもとにおいては、この点が、間接侵害を規定する該当条項の文言自体から明らかである。しかし、日本の特許法第一〇一条についてみれば、個人的、家庭的実施について、これに向けての業としての間接侵害組成物の供給者に対する間接侵害の成否及び外国における直接侵害行為の成否について明文上規定するところはなく、解釈論に委ねられている。したがって、他国の法制上、それが明文で規定されているからというだけで、それと同じ解釈論をとるべきものとする理由はない。特許法第一〇一条の文言及びその立法趣旨から解釈していくべきものであり、外国法制は解釈の参考資料として意味があるにすぎない。

(被控訴人の答弁及び主張)

1  原判決二六丁表二行目及び三行目を削除し、四行目冒頭「(五)」を「(四)」と、同丁裏四行目冒頭の「(六)」を「(五)」とそれぞれ訂正する。

2  原判決二九丁裏一〇行目ないし三〇丁表一行目の記載を削除し、三〇丁表二行目冒頭の「(2) 同五3(二)」を「(1) 同五3(一)」と、同丁表四行目冒頭の「(3) 同五3(三)」を「(2) 同五3(二)」とそれぞれ訂正する。

3  原判決三〇丁表九行目ないし三一丁表七行目の記載を以下のとおり訂正する。

「6(一) 同六1(一)は争う。

同六1(二)(三)の認否は次のとおりである。

(1)交換レンズ一については、販売期間、販売個数、売上高のいずれも認める。

(2)アダプター二の1については、販売期間販売個数は認めるが、売上高は否認する。売上高は二九三二万二〇〇〇円(平均単価一五〇〇円)である。

(3)アダプター二の2については、販売期間販売個数は認めるが、売上高は否認する。売上高は五八一万八五〇〇円(平均単価一五〇〇円)である。

(4)コンバージョンレンズ三については、販売期間は認めるが、販売個数、売上高は否認する。右期間中の販売個数は一四〇四個であり、その売上高は二八〇万八〇〇〇円(平均単価二〇〇〇円)である。

(5)アダプター五については、販売期間は認めるが、販売個数、売上高は否認する。右期間中の販売個数は一万八九五二個であり、その売上高は二八四二万八〇〇〇円(平均単価一五〇〇円)である。

(6)コンバージョンレンズ六については、販売期間は認めるが、販売個数、売上高は否認する。右期間中の販売個数は多くとも二〇〇〇個を上回らず、その売上高は四〇〇万円(平均単価二〇〇〇円)を上回らない。

(二) 同六2は争う。」

4  原判決七四丁裏二行目の「(ただし、交換レンズ四を除く。)」及び同丁裏五行目ないし六行目の「(交換レンズ四を製造、販売したことがないことは、前記一3(四)のとおり)」を削除する。

5  原判決七六丁表五行目の「被与体輝度」を「被写体輝度」と訂正する。

6  原判決九二丁裏一行目の「(ただし、交換レンズ四を除く。)」を削除する。

7  原判決一〇一丁表七行目に続き、次の記載を附加する。

「間接侵害についての独立説と従属説は、いずれもその適用について一貫しているとはいえないが、少なくとも、直接侵害に該当するはずの行為が外国において行われる場合は、ノックダウンについてさえ、侵害が成立しないとするのが、米国連邦最高裁判所及び巡回高等裁判所の判例である。また、個人的、家庭的実施については特許の直接侵害を否定しつつ、これに向けての業としての間接侵害組成物の供給者については間接侵害の成立を認める法則(欧州共同体特許条約、一九七七年の英国特許法、一九八一年施行の改正西独特許法)のもとにおいても、外国で直接侵害該当行為がされる場合には間接侵害の成立が否定されている。つまり、各国特許独立の原則に依拠した従属説がとられている。わが国においても右と異なる解釈をすべき格別の理由はない。」

8  間接侵害の成立が否定されるべきことについて

控訴人は、間接侵害の対象物と他の用途の関係について、従来の判例や学説では、対象物がそのままの形で全面的に他の用途に使える場合(洗濯ばさみ→紙ばさみ)を前提にして論じており、このような場合には、他の用途が商業的、経済的にも実用性ある用途として承認され実用化されているか否かを検討し、それが積極と認められれば、特許権者の保護を不当に拡大しないため間接侵害の成立を否定すべきであるが、対象物を他の用途に供すると特許発明の要件となっている部分機構が遊んでしまう(全き全体としての使用がない。)ような場合には、そもそも右のような用法を他の用法と認めるべきではないとの一般論を展開している。

しかしながら、控訴人の右の主張は以下に述べるとおり失当である。

(一) 特許法第一〇一条第一号にいう「物の発明」とは現実の物に化体できる発明思想(観念)であり、「その物の生産にのみ使用する物」も商品となりうる性質をもった現実の物を指している。

間接侵害の成否が争われ差止の対象とされている物も、商品としての現実の物であり、損害賠償請求も、右と同様に現実の商品の譲渡等に着目してされるのである。

この現実の物を、特許発明にかかる物の生産にのみ使用されると認めるか否かは、当該現実の物の一個の物としての経済的価値や使用価値を勘案して決すべきである。

すなわち、間接侵害の成立が問われている対象物の「他の用法」が現実の社会で効用あるものとして是認できるか、そうでなく、現実の社会でほとんど行われない非経済的、非実用的ないし不合理なものであるかを判断基準とし、前者であれば間接侵害の成立を否定するに価する他の用途と解し、後者であれば反対に解するということで十分である。

この判断基準は、対象物の一部の機構が遊んでしまうか否かに関係なく妥当する解釈論上の一般則というべきである。

このような考え方は、これまでの判決例(東京高判昭和五六年一〇月二九日―麺類の連続茹上方法事件―「特許と企業」一五六巻四二頁)にもあらわれており、この判決例は、控訴人の理解と異なり、対象物をそのままの形で全面的に他の用途に使ってはおらず、一部が遊んでいる場合に、その用途を間接侵害の成立を否定すべき他の用途として認めているものである。

(二) 控訴人は、間接侵害が問われている対象物において、その一部の機構が遊んでしまう用法、すなわち本件に即していうと、対象物件のプリセット絞レバー、突起3a又は連結桿3が遊んでしまう用法を他の用途と認めて、間接侵害の成立を否定するのは、あまりにも、権利者の保護に欠け、非権利者の権利が不当に広がり、発明保護により産業発達を図る法目的に反し、不合理である旨主張する。

しかしながら、実質的な利益保護の観点から、間接侵害の成立を認めるべきか否かが問題になるのは、せいぜい、漫然と複数種の単位商品を組合せたシステム全体を「請求の範囲」として特許出願し、特許権を取得した権利者のみについてである。

単位商品についての保護を確保したいのであれば、右単位商品毎に、それぞれ特許をとればよいのである。現に、カメラ業界においても、カメラ本体に共働する機構を有する交換レンズのみを独立の対象とした特許出願をし、特許権を取得している例は少なくない。したがって、システム全体を「請求の範囲」とした場合には、互換性ないし汎用性を有する単位物品を組合せたシステム商品の保護がかなり困難になることがあるとしても、そのために、特許制度の目的が達成されず産業の発達を阻害することにはならない。

今日においては、間接侵害の成立する場合を広げて権利独占による高価格商品の価格の維持をもたらすよりも、公衆ないし需要者の利益を十分考慮した法解釈論を立てるべきである。

原判決も述べているとおり、間接侵害の規定は厳格に解釈すべきである。それは、特許権者の保護の範囲を相対的に狭くするが、他面において自由競争を促進し、公衆ないし需要者の利益を増進させるのである。

本件発明の特許請求の範囲中に掲げられている自動プリセット絞交換レンズは、カメラ本体と別個に特許出願できるし、現に、控訴人は、本件発明に係る特許出願からの分割出願によって、交換レンズだけの特許取得を図ったのである。

控訴人が前記分割出願により特許権を取得すれば、目録一の交換レンズは、右特許権の直接侵害の対象となりえたのである。しかし、控訴人が右の分割出願に基づく権利取得に十分の意を用いず、これに失敗したからといって、親出願に基づく特許権の間接侵害の主張をもち出すことは許されるべきではない。

(証拠関係)《省略》

理由

一  控訴人の本訴請求は、被告製品(交換レンズ一、アダプター二の1、2、コンバージョンレンズ三、アダプター五、コンバージョンレンズ六)が、いずれも特許法第一〇一条第一号の規定する本件発明に係る「物の生産にのみ使用する物」に該当することを理由とした間接侵害の成立を根拠とするものである。そして、控訴人の右の主張は、被告製品のうち、交換レンズ一、交換レンズ鏡筒に取付けられたアダプター二の1、2又はそのいずれかとコンバージョンレンズ三とを組合せたものが、別表一の「装着できるカメラ」欄記載のミノルタ一眼レフレックスカメラ本体に装着された場合には、全体として別紙七記載のカメラ(SRT―一〇一型のカメラ本体にミノルタMCロッコールレンズを装着した機構)と同一もしくは実質的に同一の機構を有するカメラ(本件ミノルタカメラ)となり、また、被告製品のうち、交換レンズ鏡筒に取付けられたアダプター五又はこれとコンバージョンレンズ六とを組合せたものが、別表二の「装着できるカメラ」欄記載のキャノン一眼レフレックスカメラに装着された場合には、全体として別紙八記載のカメラ(FTb型及びF―一型のカメラ本体にキャノンFDレンズを装着した機構)と同一の機構を有するカメラ(本件キャノンカメラ)となり、右の本件ミノルタカメラ及び本件キャノンカメラが、いずれも本件発明の技術的範囲に属することを前提とするものである。

二  そこで、まず、本件発明の技術的範囲について検討する。

まず、本件発明の「特許請求の範囲」の記載が以下のとおりであることは当事者間に争いがない。「撮影レンズを透過する光を測定する方式の露光計を組込んだレンズ交換式一眼レフレックスカメラにおいて、自動プリセット絞の可能な交換レンズにおける予定絞設定環と係脱自在な連動部材を上記カメラの本体がわに取付け、同連動部材には装着する撮影レンズの絞の開放がわに向って移動復帰しようとする習性を常時ばねによって持たせると同時に、同部材の移動が撮影レンズがわに設定せられた予定絞開口に対応してカメラ本体に組込まれた前記露光計の指示を自動的に制御するようにした撮影レンズの透過光を測定する方式の露光計を組込んだ手動絞交換レンズによる測光にも兼用しうる自動プリセット絞式一眼レフレックスカメラ」

右の「特許請求の範囲」の記載には、自動プリセット絞(手動のプリセット絞機構を含むことは、当事者間に争いがない。)の可能な交換レンズと所定の構成の連動部材を有するカメラ本体との組合せと、手動絞交換レンズと前記の連動部材を有するカメラ本体との組合せが記載されているが、交換レンズとして手動絞交換レンズを用い、これを本件発明におけるカメラ本体に装着して撮影しようとするときには、当然のことながら、同時に自動プリセット絞の可能な交換レンズを使用しえないものであり、また、これに即して「連動部材の移動が撮影レンズがわに設定せられた予定絞開口に対応してカメラ本体に組込まれた露光計の指示を自動的に制御すること」もないことは明らかである。このことからも、前記の「特許請求の範囲」に記載された事項のすべてが、常に必ずしも、物の発明たる本件発明の技術的範囲を特定する必須の構成要件となっているものとみることはできない。そこで、本件発明の明細書の「発明の詳細な説明」欄の記載を参酌しながら、本件発明の技術的範囲を検討するに、本件発明に係る特許公報によると、「発明の詳細な説明」欄には、「交換レンズをカメラ本体から取外したときは、本発明におけるカメラ本体がわに取付けられた上記露光計の指示補正用連動可動部材は習性により常に装備せられる撮影レンズの絞の開放がわに回動偏倚しているから、自動プリセット絞式でない普通の手動絞式交換レンズを取付ける場合にも、カメラ本体がわの前記連動部材をその都度撮影レンズの絞開放がわに移動させる必要がなく、そのまま手動絞環を所望の絞開口に設定してT・T・L方式の測光を行うことができるから、便利である。」「撮影レンズを他の自動プリセット絞式予備レンズと取替えたい場合、はじめのレンズをカメラ本体から外せば、前記連動環6は、ばね5の弾力により直ちに絞の開放がわに回動復帰しているから、次の所望のレンズを全開絞の状態でカメラ本体に装着すればよく、また、仮に次に装着する交換撮影レンズが手動絞式のもの、すなわち、自動プリセット絞開口設定環8やこれと一体のピン8aを有しない普通の形式のものであっても、同じレンズをカメラ本体に装着し、絞を手動によって所望の開口に絞込んだのち、検流計の針の振れによって、前記の如くシャッターの適正露光時間を決定することができる。」との記載の存することが認められる。

右の各記載は、本件発明においてカメラ本体がわに取付けられた連動部材を「同連動部材には装着する撮影レンズの絞の開放がわに向って移動復帰しようにする習性を常時ばねによって持たせる」こととした構成に基づく、手動絞交換レンズ等への装着替えもしくはこれを用いるにあたっての作用効果を説明したものであることが明らかである。

ところで、本件発明の「特許請求の範囲」の記載においては、前記の連動部材に関して、次の構成が特定されている。すなわち、(a)自動プリセット絞の可能な交換レンズにおける予定絞設定環と係脱自在な連動部材をカメラの本体がわに取付けること、(b)同連動部材には装着する撮影レンズの絞の開放がわに向って移動復帰しようとする習性を常時ばねによって持たせること、(c)連動部材の移動が撮影レンズがわに設定せられた予定絞開口に対応してカメラ本体に組込まれた露光計の指示を自動的に制御すること。右の連動部材の構成のうち、(a)(c)は、交換レンズとして自動プリセット絞交換レンズを用いた場合に必要な構成であり、(b)は、主に手動絞交換レンズを用いた場合に前記引用の如き作用効果を奏する構成であると認められる。

本件発明は、特定の構成をもつ物の発明であるところ、前記のとおり特定された連動部材を具えたカメラ本体の構成は、特許請求の範囲において確定されたものであり、交換レンズとして自動プリセット絞の可能な交換レンズを装着する場合でも、また手動絞交換レンズを用いる場合にも、特定された「物」として理解できるものの、交換レンズ相互には構造上差異があり、同時に本件発明におけるカメラ本体に装着しえない関係にあるうえ、これらが前記の構成をもつ連動部材が取付けられたカメラ本体に装着された全体としても、通常自動プリセット絞式として、あるいは手動絞式として異別の物として認識されるものとなる。このようにみてくると、本件発明は、自動プリセット絞の可能な交換レンズあるいは手動絞交換レンズとカメラ本体とが組合された全体の構成を技術的範囲にするものとは解されず、自動プリセット絞の可能な交換レンズと手動絞交換レンズの両方の交換レンズを用いることができるように、カメラ本体がわに前記(a)(b)(c)のように特定された構成の連動部材を取付けた点に特徴があるものであって、物の発明としての本件発明の技術的範囲も、右のカメラ本体がわの構成にあるものと解するのが相当である。前記の「特許請求の範囲」の記載のうち、交換レンズに関する記載は、T・T・L測光方式の露光計を組込んだ「レンズ交換式の一眼レフレックスカメラ」においては、自動プリセット絞の可能な交換レンズばかりでなく、手動絞交換レンズの装着をも予定していることから、カメラ本体がわに取付けられた前記のような特徴ある連動部材の構成を特定するために記載されたものと解される。たしかに、「特許請求の範囲」の末尾には、「手動絞交換レンズによる測光にも兼用しうる自動プリセット絞式一眼レフレックスカメラ」とあるが、「手動絞交換レンズによる測光にも兼用しうる」のは、決して「自動プリセット絞交換レンズ」ではなく、「撮影レンズの透過光を測定する方式の露光計を組込んだ」カメラ本体がわの構成であるから、この点の記載をもって、前記の本件発明の技術的範囲についての判断を否定することはできない。本件発明に装着されることが予定されている交換レンズ自体の構成に特徴がないことは、「特許請求の範囲」の記載からも明らかであるうえ、「発明の詳細な説明」にも、交換レンズとカメラ本体とが組合された全体の物が特段の作用効果を奏する旨の記載はなく、本件発明が期待した前記認定の如き作用効果は、カメラ本体がわに取付けられた前記の如く特定された連動部材の構成に基づくものと認められる。

右のとおり、本件発明は、カメラ本体がわの特徴ある構成を技術的範囲にするものと解すべきであるから、控訴人の間接侵害の主張は、すでに前提であるこの点において失当である。

三  以上のとおりであって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は結局相当であり、控訴人の控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木秀一 裁判官 舟本信光 舟橋定之)

〈以下省略〉

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